――レバレッジ25倍の世界へ
村井は、ごく普通の会社員だ。年収も暮らしぶりも、特別なところは何もない。貯金は約300万円。生活に困っているわけではないし、多少なら自由に使えるお金もある。
休日は家で過ごすこともあれば、友人と飲みに行ったり、たまにパチンコやスロットに行ったりすることもある。
投資について、特別詳しいわけではない。株を少し調べたことはあるが、本格的に投資をした経験はなかった。
そんな村井が、FXを知ったのは半年前のことだった。
最初にFX口座へ入れたのは、10万円だった。
いきなり大きな金額を動かすつもりはない。まずは、様子を見ながら。そのくらいの、軽い気持ちだった。
最初のうちは、勝ったり負けたりを繰り返した。数千円勝つ日もあれば、数千円負ける日もある。それでも、自分のお金が、画面の中で相場の動きに合わせて増えたり減ったりする。その感覚は、村井にとって新鮮だった。
取引を続けるうちに、村井はFXのある特徴を知ることになる。
「レバレッジ」
口座に入れた金額よりも、大きな金額を取引できる仕組み。大きく動かせば、利益も大きくなる。そして、損失も。村井は、それを理解していた。仕組みとしては、難しい話ではない。
もう少し取引する金額を増やせば、利益も少し増える。最初は、そのくらいの感覚だった。
▼【判断する】
押した瞬間、カウントダウン開始。
少ない資金で大きく取引できるレバレッジ。どう使いますか?
村井は、FX口座に入れていた資金を、10万円から100万円に増やした。
取引する通貨に選んだのは、「ドル円」だった。
コロナ禍以降、ドル円は大きく円安方向へ動いている。ニュースでも、SNSでも、その話題を目にしない日はなかった。
村井なりに調べてみると、もうひとつ、気になるものがあった。
「スワップポイント」
ドルと円の金利差によって、ポジションを持っているだけで受け取れるお金だという。
村井の頭の中で、簡単な計算が組み上がっていく。
「円安が続けば、為替差益が出る。持っている間は、スワップも入ってくる。」
村井には、それが、ずいぶん都合のいい取引に思えた。損をする理由が、見当たらない。
そして――ドル円を買った。
ところが。
買った直後から、相場は村井の予想とは逆方向へ動き始める。
含み損、3万円。
村井は、チャートを見つめた。
「3万円で切るのは、もったいない。」
「もう少し待てば、戻るだろう。」
村井は、そう自分に言い聞かせた。
▼【判断する】
押した瞬間、カウントダウン開始。
含み損3万円。あなたなら、どうしますか?
村井は、損切りしなかった。
それどころか、さらにドル円を買い増した。
いわゆる「ナンピン」だ。
買い増すことで平均取得価格を下げ、少し相場が戻れば、含み損を早く減らすことができる。
そして――。本当に、相場が戻った。
3万円あった含み損はみるみる減っていき、やがてゼロに。
最終的には、利益まで出た。
「ほら。やっぱり損切りしなくてよかった。」
この成功体験が、村井の中にひとつの確信を作った。
下がったら、ナンピンすればいい。その後も、村井は何度か似たやり方で危機を乗り越える。
▼【判断する】
押した瞬間、カウントダウン開始。
ナンピンで含み損を乗り切り、利益まで出ました。次の取引は?
そして――月の最初の金曜日。
米国雇用統計の日。
村井は会社から帰ると、早めに夕食を済ませ、パソコンを立ち上げた。
画面には、いつものドル円チャート。
YouTubeでは、FX配信者が雇用統計のライブ配信をしている。
チャット欄も、すでに盛り上がっていた。
「今日は動きそう」
「ドル円、上だろ」
「いや、下だ」
村井もチャートを見ながら、その時を待つ。これまでとは、少し違った。何度かの成功で、自信がついていた。
すでに村井のFX口座には、かなりの資金が入っている。そして今夜は、いつもより大きなポジションを取り、レバレッジも高くなっていた。
21時26分。
発表まで、あと4分。
YouTubeのライブ配信では、チャット欄がさらに盛り上がっていた。
「上だと思う」
「いや、今回は下」
「あと4分!」
村井もドル円のチャートを見つめる。
マウスを握る手に、自然と力が入る。
手のひらには、じっとりと汗がにじんでいた。
21時29分45秒。
発表15秒前。
値動きが不安定になり、スプレッドも広がり始める。
YouTubeから、配信者の声が聞こえる。
「来ますよ。」
「あと5秒。」
3。
2。
1。
21時30分。
画面の数字が、一瞬止まった。
そして――。
ドル円、急落。
ローソク足が、一気に下へ伸びる。
村井が持っているのは、ドル円の買いポジション。
含み損が、一気に膨らんでいく。
-80,000円。
-140,000円。
-210,000円。
YouTubeから声が飛ぶ。
「うわっ!」
「めちゃくちゃ動いた!」
「これはヤバい!」
村井は画面を見たまま、一瞬、頭が真っ白になった。
▼【判断する】
押した瞬間、カウントダウン開始。
含み損が急拡大!!あなたなら、どうする?
村井は、切らない。
理由は単純。前も、戻ったから。
そして――ナンピン。
しばらくすると、相場が少し戻り始めて、含み損が、一瞬減る。
村井は、ほっとした。しかし、その安心もつかの間――。
再び、ドル円が下落する。
-300,000円。
-420,000円。
-550,000円。
さっきよりも速い。村井は、さらにポジションを追加した。
もう一度戻れば、助かる。
もう一度だけ――。
気づけば、村井の目的は変わっていた。
もう、「利益を出したい」のではない。
「この損失を取り戻したい。」
YouTube配信者の声。
流れ続けるチャット欄。
激しく動く為替レート。
そして、下がっていく証拠金維持率。
すべてが、同時に村井の目に飛び込んでくる。
▼【判断する】
押した瞬間、カウントダウン開始。
含み損、80万円。あなたなら、どうする?
村井は、パソコンの前で呆然としていた。
完全にパニック状態だった。
相場は、少しだけ落ち着きを取り戻している。
それでも、村井の含み損は、
-800,000円
-900,000円
そのあたりを行ったり来たりしていた。
損切りしなければ。
頭では、分かっている。
でも、切れない。
80万円、90万円という損失を、自分の手で確定させることができない。
村井は、ただ画面を見つめていた。
一方、YouTubeのライブ配信は異様な盛り上がりを見せていた。
「爆益きた!」
「今日だけで200万!」
大きな利益を報告するコメント。
「おすそ分けです」と、配信者にスーパーチャットを送る視聴者。
村井はそれを、別世界の出来事のように眺めていた。
そのときだった。
為替レートが、突然大きく動いた。
一瞬、何が起きたのか分からない。
レートが飛ぶ。
画面の数字が止まる。
取引画面の反応も鈍い。
「え?」
村井は画面を見つめる。
YouTubeの配信者が叫んだ。
「ちょっと待って!」
「これ、介入じゃない!?」
次の瞬間、チャット欄が一気に流れ始める。
「為替介入きたーーーー!!」
「介入!?」
「ドル円ヤバい!!」
ようやく取引画面が動き始める。
村井が最初に見たのは、為替レートではなかった。
含み損だった。
-1,200,000円。
-1,450,000円。
-1,980,000円。
止まらない。
証拠金維持率も、急速に下がっていく。
村井は、マウスを強く握った。
損切りボタンは、目の前にある。
押せば、終わる。
これ以上、損失は増えない。
しかし――。
画面に表示されている損失は、さらに膨らんでいた。
クリックすれば、
243万円の損失が確定する。
村井の指は、動かなかった。
押さなければいけない。
分かっている。
それでも――。
押せない。
▼【判断する】
押した瞬間、カウントダウン開始。
今回の正解は――
「タイムアップ」
損切りボタンは、目の前にある。あなたなら、どうしますか?
画面に警告が表示された。
証拠金維持率、低下。
村井は、何もできない。
そして――。
強制ロスカット
すべてのポジションが、強制的に決済された。
村井は、画面を見つめたまま動かなかった。
さっきまで激しく動いていた損益の数字は、もうない。
終わった。
YouTubeのライブ配信は、まだ続いている。
配信者は興奮した様子で、次の値動きについて話している。
チャット欄も流れ続けていた。
「爆益!」
「まだ下がる?」
「ここから買い?」
誰も、村井のことなど知らない。
村井がいくら失ったのかも。
たった今、強制ロスカットされたことも。
相場は止まらない。
配信も止まらない。
チャット欄も止まらない。
止まったのは――。
村井だけだった。
パソコンの前で、村井は一人、動けずにいた。
それから数日が経った。
村井は、もう一度ドル円のチャートを開いた。あれほど激しく動いていた相場は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
そして――。
為替レートは、何事もなかったかのように、介入前に近い水準まで戻っていた。
「もし、あのまま持っていたら……。」
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
しかし、問題はそこではない。
戻るまで耐えられないほど、大きなポジションを持っていたこと。
損切りできないところまで、自分を追い込んでいたこと。
相場は、何事もなかったように戻った。
ただ、そこに村井はいなかった。
6つの問いへの回答をもとに、あなたの「レバレッジ依存度」がどれくらい高いのかを検証できます。