前回に引き続き、営業のプロセスを追体験しながら、「自分ならどう判断するか」を考えてみてください。
さて、あなたなら、どう答えますか?
📖 この記事の読み方
佐藤(36)
主人公・会社員
上場メーカー勤務・年収580万円。独身。仮想通貨投資の経験あり。
高橋(39)
佐藤の会社の先輩
マンション投資歴約1年。悪気はなく、善意で後輩に勧めている。
田中
不動産営業マン
清潔感があり聞き上手。契約を取りたい本音を、笑顔の裏に隠している。
二週間後。佐藤と田中は、約束していた喫茶店で向かい合って座っていた。
「前回お話しした内容、その後何か気になったことはありましたか?」
「いや、正直ちょっと考えました。年金の話とか」
佐藤がそう答えると、田中はうなずきながらクリアファイルに手を伸ばした。
「そうですよね。年金だけに頼らない備えとして、今日は具体的な数字を見ていただければと思って、資料を用意してきました」
田中はクリアファイルから資料を取り出し、佐藤の前にそっと置いた。
家賃収入、ローン返済額、管理費、修繕積立金――数字が整然と並んでいる。一番下の「収支」の欄には、小さく「±0円」の文字。
「見てください。家賃収入からローンや諸経費を引くと、毎月ほとんど持ち出しがない形で運用できるケースもあるんです。つまり、住んでいる人の家賃で、実質的にローンが返済されていくイメージなんですよ」
正解:A 毎月の手出しがほぼゼロで資産が持てるという安心感。「え、本当にこの数字通りにいくんですか?」佐藤が尋ねると、田中は落ち着いた表情でうなずいた。「もちろん、将来のことなので絶対とは言えません。ただ、このシミュレーションは現在の家賃相場や融資条件をもとに作成しています。実際にこうした形で運用されているオーナーさんも多いですよ」
🔍見抜きポイント
シミュレーション表は、多くの場合、「満室が続く」「家賃が大きく下がらない」「金利が変わらない」「修繕積立金が大幅に上がらない」といった前提条件をもとに作成されています。大切なのは、数字そのものではなく、「その数字がどのような前提条件で成り立っているのか」を確認することです。
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アンカリング効果
最初に提示された「±0円」という具体的な数字が、その後の判断の基準点(アンカー)になってしまう心理効果。満室継続や金利一定などの前提条件よりも数字が強く印象に残ることで、「ほぼゼロ円で資産が持てる」というイメージを受け入れやすくなる。
「空室になったらどうするんですか?」
佐藤が尋ねると、田中は落ち着いた表情で答えた。
「もちろん、空室になる可能性がゼロとは言えません。でも、都心の駅近物件は需要が安定していますし、比較的入居者も決まりやすいんです。そこまで空室を心配されるケースは少ないですよ」
落ち着いた口調で話す田中を見ていると、佐藤は「なるほど、そういうものなのか」と思い始めていた。
佐藤の選択:C 具体的な数字ではなく、その言葉の安心感で納得してしまう。「駅から近いので、そこまで空室に悩むことは少ないと思います」落ち着いた口調で説明する田中を見ていると、佐藤は「そこまで心配しなくても大丈夫なのかもしれない」と感じ始めていた。
🔍見抜きポイント
「空室を心配されるケースは少ない」という説明だけでは、その根拠は分かりません。実際の空室率や家賃推移、人口動向などは、不動産会社の説明だけでなく、公的な統計データや複数の情報源で確認することが大切です。
2図鑑カード獲得
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情報の非対称性の利用
空室率や家賃相場など、購入検討者が自分では把握しにくい情報について、具体的なデータを示さずに安心感を与える説明を行う手法。専門知識や情報量の差(情報の非対称性)を利用しているため、聞き手は十分な検証をしないまま説明を信頼してしまいやすい。
「あと、佐藤さんくらいの年収の方だと、節税の面でもメリットが大きいんですよ」
田中は少し身を乗り出し、声のトーンを少し落とした。
「不動産投資って、節税効果も期待できるんです。給与所得と損益通算ができるので、税金が還付されるケースも少なくありません」
「税金が、戻ってくる……」
佐藤の頭には、「税金が戻ってくる」という言葉が強く残った。
正解:C 佐藤にとって魅力的に感じやすいメリットから説明している。
🔍見抜きポイント
節税効果が大きく出るのは、多くの場合、諸経費や減価償却費が集中する初年度です。年数が経つにつれて節税効果は小さくなり、売却時には税負担が大きくなるケースもあります。また、節税効果は年収や適用税率によっても大きく異なります。「節税になる」という一言だけで判断するのは危険です。
3図鑑カード獲得
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フレーミング効果
同じ事実でも、切り取り方・見せ方(フレーム)によって印象が大きく変わる心理効果。「初年度だけ税金が戻る」という一時的な事実を、「節税になる」という恒常的なメリットであるかのように提示することで、実際より魅力的に感じさせている。
「もう一つ、団体信用生命保険についてもお話ししておきたくて」
田中はゆっくりとした口調で続けた。
「もし佐藤さんに万が一のことがあった場合、ローンの残債はすべてゼロになります。つまり、ご家族には無借金の資産だけが残るんです。生命保険代わりになる、とよく言われる理由がこれです」
独身の佐藤には、家族というイメージがまだ具体的にはなかった。それでも「資産が保険にもなる」という言葉には、不思議な安心感があった。
佐藤の選択:A 保険と資産形成を同時に考えられる点に魅力を感じる。
🔍見抜きポイント
団体信用生命保険自体は、住宅ローンに一般的に付帯する保障であり、それ自体に嘘はありません。ただし、そこで残る「資産」の市場価値は、家賃や物件価格の動向次第で変動します。保険としての保障と、資産としての価値は、切り離して考える必要があります。
4図鑑カード獲得
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資産と保障の混同
団体信用生命保険という「保障」の話を、資産価値が保証されているかのような印象とセットで語る手法。保障の仕組み自体は事実である一方、残される「資産」の市場価値は変動するという別問題を、意図的に一体化させて安心感を強めている。
「実は、高橋さんのように複数戸お持ちになる方も少なくないんですよ」
田中はさらりと付け加えた。
「一件目を購入された後、『思ったより順調だった』ということで、二件目、三件目と増やされる方もいらっしゃいます」
佐藤の頭に、余裕たっぷりに笑う高橋先輩の顔が浮かんだ。あの高橋先輩が2戸も持っているのなら――。
佐藤の選択:B 複数持てるくらい信頼できる商品なのだと感じる。「でも、本当にそんなに順調にいくものなんですか?」田中は穏やかに笑った。「もちろん、投資なので絶対はありません。ただ、だからこそ物件選びやエリア選びが大切なんです。私たちも、そのあたりはしっかりサポートしています」
🔍見抜きポイント
「他の人も持っている」という情報は、社会的証明として強い説得力を持ちます。しかし、複数所有していること自体は、その商品が優れている証拠にはなりません。むしろ、一度契約した顧客ほど営業しやすい相手として、追加の提案が重ねられているだけの場合もあります。
5図鑑カード獲得
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社会的証明 Lv.2
「他の人も選んでいる/持っている」という情報が、判断の裏付けとして機能する心理効果。第1部の紹介場面にも登場した手法で、身近な知人(高橋)を通じて語られることで、初対面の営業トークより強い説得力を持つ。
「実は今、ちょうど条件の良い物件が一つ空いていて……」
そう言うと、田中はタブレットを佐藤の方へゆっくりと向けた。
画面には、駅から徒歩5分の新築ワンルームが映し出されている。外観は洗練され、室内はモデルルームのように整えられていた。
「このエリアは人気が高くて、こういう条件の物件はあまり長く残らないんですよ」画面を見つめる佐藤は、(なんかすごい物件だな……)と、ちょっと嬉しそうな表情をした。
正解:D 限定感を演出し、検討のスピードを上げてもらうため。
🔍見抜きポイント
「今だけ」「一つだけ」という言葉は、比較検討する時間的・心理的な余裕を奪う典型的な手法です。実際にどれほど希少なのかを、検討する側が確かめる術はほとんどありません。
「空室が心配でしたら、サブリース契約という方法もあります。入居者がいてもいなくても、毎月一定額の家賃が保証される仕組みです。初めての方でも安心して始められるので、利用される方も多いですよ」
「入居者がいなくても、家賃がもらえる……」
佐藤にとって、それは最後の不安を解消してくれる言葉のように聞こえた。
佐藤の選択:D 空室リスクがなくなるなら安心だと感じる。
🔍見抜きポイント
「今だけ空いている」という限定感と、「空室でも安心」というサブリース。この2つが組み合わさることで、契約への心理的なハードルは一気に下がります。ただし、サブリースは保証家賃が見直されて減額されることもあり、契約解除にも制約があります。「安心」という言葉だけで判断せず、契約内容まで確認することが大切です。
6図鑑カード獲得
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サブリースによる安心感の演出
「空室でも家賃保証」という言葉で空室リスクが消えたかのように感じさせる手法。実際には保証家賃の減額や、契約解除の難しさ(借地借家法上、不動産会社側からの解約が制限される)といった構造的なリスクが残っており、契約書の細部を読まなければ気づきにくい、非常に見抜き難易度の高いテクニック。
1時間半ほど話したあと、田中はノートパソコンを閉じながら言った。
「今日すぐに決めていただく必要は全くありません。ただ、もしよろしければ、まずは仮審査だけしてみませんか?審査に通ったからといって、契約する必要はまったくないので」
「審査だけ、ですか」
「はい。ご自身がどのくらいの物件まで組めるのか、知っておくだけでも損はないと思います」
軽い言葉だった。佐藤はそのくらいなら、と頷いていた。
佐藤の選択:B 「審査だけなら」と受け入れる。
🔍見抜きポイント
「審査だけ」「話を聞くだけ」という言葉には、心理的なハードルを大きく下げる効果があります。しかし、一度個人情報を提出して審査に通ってしまうと、「ここまで進めたのだから」という後戻りしにくさが生まれ、契約への引力が強くなっていきます。
正解:A 佐藤の与信状況を早めに把握し、提案できる物件の上限を確認するため。
🔍見抜きポイント
仮審査は、営業側にとって「この人にいくらまでの物件を提案できるか」を把握するための重要なステップでもあります。顧客の与信枠が分かれば、その範囲に合わせて物件を提案しやすくなり、その後の商談も進めやすくなります。
その夜、一人暮らしの部屋で、佐藤はスマートフォンの画面を眺めていた。
審査結果は、数日後に届くという。
(もし通ったら……これも何かのタイミングなのかもしれない)
そんな考えが、頭の片隅をよぎった。
佐藤の選択:D 「もし通ったら、前向きに考えてみてもいいかもしれない」と思い始める。
🔍見抜きポイント
審査という具体的な行動を一つ起こすと、人は自分の選んだ行動を正当化しようとする心理が働きやすくなります(コミットメントと一貫性の原理)。契約に近づく一歩を踏み出すごとに、「やめる」という判断は少しずつ難しくなっていきます。
この日、佐藤は初めて「仮審査」という具体的な一歩を踏み出しました。「まだ契約していない」「審査だけだから」――そう自分に言い聞かせながら。
しかし、シミュレーション、団体信用生命保険、他のお客様の事例、そしてサブリース。田中が積み重ねてきた一つひとつの言葉は、佐藤の中の不安を、少しずつ安心へと塗り替えていました。
数日後、田中から一本の電話が入ります。「佐藤さん、審査、通りましたよ」
次回、第3部「契約編」。限定感、「今日決めれば」という一言。そして、最後の一押し。契約直前、佐藤の心を動かすのは何でしょうか。あなたなら、見抜けますか?