いよいよ最終回です。今回は、契約から5年後の"現実"を追体験しながら、「自分ならどう判断するか」を考えてみてください。
さて、あなたなら、どう答えますか?
📖 この記事の読み方
佐藤(41)
主人公・会社員
上場メーカー勤務・年収650万円。独身。ワンルームマンションオーナーとして5年目。
高橋(44)
佐藤の会社の先輩
ワンルームマンションを3戸所有。
五年が経った。佐藤は41歳になっていた。
仕事にも慣れ、役職も一つ上がった。休日は相変わらず一人で過ごすことが多いが、それなりに充実した毎日を送っている。マンションのことも、いつしか記帳のときにしか思い出さないくらい、生活の一部になっていた。
ある月末、いつものようにマンション用の口座を確認した佐藤は、小さな違和感を覚えた。これまでほぼ±0円だった毎月の収支が、数千円から一万円ほどの持ち出しが発生しているのだ。
同じ頃、管理会社から一通の通知が届いた。「修繕積立金の増額のお知らせ」。建物の維持・管理のため、修繕積立金を増額するという内容だった。
契約当初のシミュレーションには、こんな話はなかったはずだった。
佐藤の選択:C 「そんなはずじゃなかったのに」と戸惑う。あの日見せられた「±0円」のシミュレーション表を思い出す。あの表には、この増額分はどこにも書かれていなかった。
🔍見抜きポイント
修繕積立金は、多くの場合、購入当初は低めに設定され、築年数が経つにつれて段階的に引き上げられる仕組みになっています。契約時に見せられたシミュレーションには、この上昇分が反映されていないケースが少なくありません。
半年後、入居者が退去した。次の入居者を迎えるためのリフォーム代と広告費として、まとまった金額の請求書が届く。合わせて家賃の1〜2ヶ月分ほどになっていた。
「こんなにかかるものなのか……」
佐藤は請求書を見つめたまま、しばらく動けなかった。空室の間は家賃収入もゼロになる。当初は「空室になっても、すぐに次の入居者が見つかるだろう」と、どこか漠然と考えていた。収支表の「±0円」という数字が、今は遠い昔のことのように思えた。
佐藤の選択:A 想定していなかった出費に驚く。
🔍見抜きポイント
退去のたびに発生するリフォーム代や広告費は、当初のシミュレーションにはほとんど盛り込まれていない“隠れコスト”です。空室は「入るか入らないか」だけでなく、入れ替わりのたびにコストが発生する前提で考える必要があります。
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隠れコストの積み重ね
修繕積立金の段階的な増額、退去のたびに発生するリフォーム代・広告費など、契約時のシミュレーションには載っていない費用が、所有後になって少しずつ表面化してくる現象。一つひとつは小さくても、積み重なると当初の収支計画を大きく崩す。渦中にいると「想定外」に見えるが、実は業界的にはよく知られたパターンでもある。
追い打ちをかけるように、その年はさらに通知が続いた。
新築時に受けていた固定資産税の軽減措置が終わり、税額は以前より増えた。あわせて更新時期を迎えた火災保険も、当初より保険料が上がっていた。管理費についても、建物の老朽化に伴う値上げのお知らせが同封されていた。
一つひとつは、数千円から数万円程度の話だ。けれど、封筒を開けるたびに、佐藤の中で小さなため息が積み重なっていった。
佐藤の選択:D 「想像していたより負担が増えた」と感じながら、受け入れる。固定資産税、火災保険、管理費――どれも「いずれ上がるかもしれない」とは思っていたが、まさか同じ時期に重なるとは思っていなかった。
🔍見抜きポイント
固定資産税の軽減措置には期限があり、多くの場合、数年で本来の税額に戻ります。火災保険料や管理費も、更新のたびに見直される可能性があります。一つひとつは購入時にも説明されている項目ですが、「いつ・どれくらい」上がるのかまで具体的にイメージできている人は多くありません。
次の入居者を募集するにあたり、不動産サイトで周辺の家賃相場を調べてみた。
そこには、自分の部屋と同じくらいの築年数の物件が、契約当時より低い家賃で数多く掲載されていた。五年前、新築だった自分のマンションも、今はもう新築ではない。
「この家賃じゃ、なかなか決まらないかもしれません。家賃を少し見直して募集することもご検討ください。」
管理会社の言葉に、佐藤は思わず黙り込んだ。家賃を下げれば、入居者は決まりやすくなるかもしれない。しかし、その分だけ毎月の収支はさらに厳しくなる。
修繕積立金や管理費などの支出は少しずつ増えていく一方で、収入の柱である家賃は相場に合わせて見直しを迫られる。
佐藤は初めて、「所有し続ける」ということの難しさを実感し始めていた。
佐藤の選択:B 空室を長引かせたくないので、下げることにする。
🔍見抜きポイント
新築時が最も家賃が高く、築年数が経つごとに家賃は下落していくのが一般的な傾向です。「家賃は基本的に横ばい」というシミュレーション時の前提が、現実とズレていたことに、この段階で気づく人は少なくありません。
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楽観的シナリオ効果
「満室が続く」「家賃は下がらない」「税金や保険料は変わらない」など、購入時のシミュレーションが最も都合の良い前提の上に組み立てられていたことに、所有後になって気づく現象。個々の前提は契約時にも小さく説明されていることが多いが、それらが同時に崩れたときの影響の大きさまでは、購入前に実感しづらい。
これだけ状況が変わってきたのだから、一度田中に相談してみよう。佐藤はそう思い立ち、名刺の番号に電話をかけた。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
会社の代表番号に問い合わせると、田中はすでに転職しており、担当を外れているという。
電話口に出た新しい担当者は、佐藤の状況をひととおり聞いたあと、開口一番こう言った。
「佐藤様、実は今、もう一件、条件の良い物件がございまして。今お持ちの物件を売却して、そちらに買い替えるという選択肢もございます」
初めて聞く声だった。あの日、隣で頷いていた中村の顔も、もう思い出せない。
正解:A すでに実績のある顧客への追加営業として、新たな契約を取るため。
🔍見抜きポイント
一度不動産投資をした顧客は、“すでに実績のある見込み客”として、担当者が変わっても繰り返し営業の対象になりやすい傾向があります。うまくいっていない状況であっても、「今度はもっと良い物件を」という形で、別の契約に誘導されるケースは少なくありません。
「今の物件を売って、買い替える、ですか」
佐藤は思わず聞き返した。今の物件ですら持て余しているのに、二件目の話をされるとは思っていなかった。
「はい。むしろ、今のうちに条件の良い物件に切り替えておく方が、長い目で見ればプラスになるケースも多いんです」
五年前の自分なら、この言葉に流されていたかもしれない。けれど今の佐藤には、あの日の田中のシミュレーション表や、「今日だけ」という言葉が、少し違って見えていた。
佐藤の選択:C 「また同じことになるかもしれない」と、きっぱり断る。かつての自分なら頷いていたであろう提案に、はっきりと「結構です」と答えられたことに、佐藤は自分でも小さな驚きを感じていた。
🔍見抜きポイント
失敗した経験があっても、それを「たまたま運が悪かっただけ」と片づけてしまうと、同じ手口にまた引っかかってしまうことがあります。逆に言えば、その失敗を「なぜそうなったのか」ときちんと振り返った人だけが、次に似たような話が来たときに気づけるようになります。佐藤が今回断れたのは、五年間の実体験があったからでした。
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既存客への追加営業
一度契約した顧客は、営業側にとって「すでに実績のある見込み客」として扱われ、担当者が変わっても繰り返し営業の対象になり続ける。うまくいっていない状況であっても、「次はもっと良いものを」という形で新たな契約に誘導されることがある。一度経験した後であれば、比較的見抜きやすい部類のテクニックでもある。
買い替えの提案はきっぱり断ったものの、今の物件が今どれくらいの価値なのかは、佐藤自身も気になっていた。試しに、複数の不動産会社に売却査定を依頼してみることにした。
数日後に届いた査定額は、いずれも購入額を数百万円下回るものだった。
「え……」
画面に表示された数字を、佐藤はしばらく信じられなかった。まだ一度も大きなトラブルなく所有してきたはずなのに、資産として見ると、すでに大きく目減りしていた。
「このまま売っても、ローンだけが残るかもしれない。」
そんな考えが頭をよぎった。
佐藤の選択:A 「こんなはずじゃなかった」と感情的になる。
🔍見抜きポイント
ワンルームマンション投資は、多くの場合、購入時点ですでに販売価格に一定の利益が上乗せされています。そのため、購入した瞬間から資産価値が下落しているケースも少なくなく、数年後の査定でその差が現実として突きつけられることがあります。加えて、都心部であっても単身世帯向けワンルームは新規供給が続いており、今後さらに資産価値が下落していく可能性も指摘されています。
悩んだ末、佐藤は物件を手放すことを検討し始めた。
査定額からローンの残債、そして仲介手数料などの諸費用を差し引くと、手元に残る金額はマイナス。むしろ、まとまった持ち出しが必要になる計算だった。
不動産会社の担当者によれば、もしあのときサブリース契約を付けていたら、査定額はさらに下がっていた可能性が高いという。契約当初、少しでも高い家賃を取りたいと強気に構えていた佐藤は、保証家賃で安定を得るよりも、自分で家賃をコントロールする道を選び、サブリースを付けなかった。皮肉にも、その強気な判断が、今になって査定額をわずかに守っていた――そう聞いて、佐藤は複雑な気持ちになった。
これまで5年間で発生してきた固定資産税や火災保険料、リフォーム代などの諸費用と合わせると、決して小さくない金額を失うことになる。
佐藤の選択:D これ以上悪化する前に、赤字を確定させて手放す。
🔍見抜きポイント
損失を確定させることには、強い心理的な抵抗があります(損失回避バイアス)。しかし、保有を続けることで手出しや機会損失が積み重なるケースもあります。「損切り」という判断そのものが、時には最も合理的な選択になり得ます。
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損失回避バイアス
すでに発生している損失を「確定させたくない」という心理から、合理的には手放すべき場面でも、判断を先延ばしにしてしまう認知バイアス。損失を認めることへの抵抗感は非常に強く、多くの人が「もう少し待てば回復するかもしれない」と考えてしまうが、待つこと自体にもコストがかかっていることは見落とされがちである。
念のため、知人の紹介で弁護士に相談してみた。
契約書とこれまでの経緯を説明すると、弁護士は静かに答えた。
「お話を聞く限り、当時の説明が著しく不十分だった、とまで言い切るのは難しいと思います。契約自体も、法律的には有効に成立していますので、今から損害賠償などを求めるのは、正直厳しいですね」
何かを訴えられるわけでもない。ただ、静かに現実を受け止めるしかなかった。
帰り際、弁護士がふと雑談のように付け加えた。
「そういえば、投資用のローンが残っていると、今後住宅ローンを組まれるときにも影響することがありますから、その点は知っておかれた方がいいですよ」
佐藤には、まだ結婚の予定も、具体的な住宅購入の計画もない。それでも、その一言は、思いがけず胸に残った。「将来のために」と始めたはずの投資が、まだ見ぬ将来の選択肢まで狭めているかもしれない――そう気づいたのは、このときが初めてだった。
佐藤の選択:A 「そこまでは考えていなかった」と、自分の認識の甘さに気づく。
🔍見抜きポイント
投資用ローンの残債は、本人の与信枠を圧迫し、将来の住宅ローンや他の借入に影響することがあります。「将来のために」と始めた投資が、結果的に別の将来の選択肢を狭めてしまうことがあるという事実は、契約前にはなかなか実感しにくいものです。
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見えない与信の圧迫
投資用ローンの残債が、本人の与信枠(借入できる上限)を圧迫し、将来の住宅ローンなど別の借入に影響を及ぼす現象。契約時点では見えず、実際に別の目的でローンを組もうとしたときに初めて表面化するため、影響に気づくタイミングが極端に遅く、非常に見抜きにくい。
久しぶりに、当時同じ部署にいた同僚と飲む機会があった。何気なくマンション投資の話題になったとき、同僚がふと声を落として言った。
「そういえば高橋さん、結局あれからもう一件買い足して、今三件持ってるらしいですよ。運用はあまり順調じゃないって聞きました」
「三件も……」
佐藤は思わず声を漏らした。あの日、自信満々にビール片手に語っていた高橋の姿が頭をよぎる。
「なんか、奥さんともうまくいってないみたいで……」
同僚はそう付け加えると、話題を変えるように、また別の世間話を始めた。佐藤は、あの日の高橋の笑顔と、噂の中の高橋の姿が、うまく重ならなかった。
佐藤の選択:A 「自分だけじゃなかったんだ」と複雑な気持ちになる。
🔍見抜きポイント
悪意のない紹介者もまた、営業に「良いもの」だと信じ込まされた側であることが少なくありません。この構造の問題は、特定の誰か一人を悪者にすることでは解決しないという難しさがあります。
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生存者バイアス
成功した人の声だけが目立って広まり、うまくいかなかった人の声は表に出てきにくいという偏り。周りで見聞きする体験談は、どうしても「うまくいった話」に偏りがちで、実際にはその裏で同じように苦戦している人が、同じくらいいる可能性がある。景気の良い体験談ほど、その裏側にある「語られない失敗」の存在を意識する必要がある。
当時同じ部署にいた同僚と飲みを終え、帰宅した佐藤は、一人、部屋で天井を見上げていた。
「もっと勉強してから買えばよかった……」
小さくつぶやいた言葉は、誰に届くこともなかった。
持ち続けるべきか、それとも手放すべきか――答えは、まだ出ていない。
それでも、この五年間は後悔だけではなかった。
数字の裏側にある前提を疑うこと。目の前の言葉を、そのまま受け入れないこと。そして、誰かの意見ではなく、自分で調べ、自分で考え、自分で判断すること。
その大切さを、佐藤はようやく実感していた。
失ったお金は戻らない。
そして今、佐藤はこれまでで一番大きな決断と向き合おうとしていた。
佐藤の選択:C 大きな買い物ほど、自分で調べ、比較し、納得してから判断する。
🔍見抜きポイント
この物語が伝えたいのは、不動産投資そのものを否定することではありません。大きな決断ほど、他人の言葉だけでなく、自分自身で調べ、複数の情報を比較し、納得した上で判断することの大切さです。どの選択肢を選んでいても、それはあなたがこの物語から掴み取った、大切な教訓です。
ここまで読んできたあなたに、最後に一つだけ問いがあります。
佐藤の物件は、査定額とローン残債の差、そしてこの先も続く負担増を踏まえると、「持ち続ける」か「売却する」かの分岐点に立たされています。それぞれを選んだ場合、どれくらいの数字になるのか、簡単に試算してみました。
【前提となる数字(フィクション上の試算)】
※以下は一般的な条件をもとにしたフィクション上の試算です。実際の結果は物件や契約内容、市場環境などによって異なります。
今後も家賃はゆるやかに下落し、修繕積立金・管理費は複数回にわたって段階的に増額される可能性があります。固定資産税の軽減措置もすでに終了しており、当面は負担が増える方向で推移します。
なお、今回は売却価格が取得費を下回る「売却損」のため、譲渡所得税は発生しません。ただし、この売却損は給与所得など他の所得と損益通算できない点には注意が必要です。
持ち続ければ、負担が続く可能性はあるものの、家賃収入を維持できる可能性があります。
売却すれば、大きな損失を受け入れることになりますが、その後の不確実性を減らし、新たなスタートを切るという考え方もあります。
正解は、一つではありません。
あなたなら、どちらを選びますか。
ここまで、体験型シリーズ「あなたなら見抜けますか?」全4部を読んでいただき、ありがとうございました。
この作品は、ワンルームマンション投資そのものを否定するために書いたものではありません。
田中は、単純な悪役として描いたつもりはありません。誠実で、話しやすく、実際に「相談してみたい」と思わせる力を持った営業マンです。だからこそ、営業という仕事の巧みさと、その裏にある構造を、少しでも感じ取っていただけたなら嬉しく思います。
私が本当に伝えたかったのは、「大きな買い物だからこそ、自分自身で考え、納得した上で判断してほしい」ということです。
営業マンの話だけで決断するのではなく、相場を調べ、メリットだけでなくリスクにも目を向け、多くの情報を比較したうえで選択してほしいと、心から願っています。
この物語を読んだ一人でも多くの方が、大きな失敗を避け、自分にとって本当に納得できる選択をできますように。
――そして、佐藤のもとを離れた田中や、まだ迷いの中にいる高橋にも、それぞれの物語がまだ続いています。もしかしたら、いつかどこかで、別の視点からこの続きをお話しできる日が来るかもしれません。
あなたなら、見抜けますか?